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■第二次ダイヤモンドマッチ事件
品質、規格の向上要求と「販路協定」

 大正5年(1916)4月22日、ダイヤモンド会社の特別代表者北原淑男は、農商務省を訪れ、 世界的にマッチに対する品質、規格が法的に規制されつつあること、 これらの規制に適応しないマッチは輸出入が禁止されること等の動きを報告し、 日本製マッチもこの対応を行なうため、新技術、特許の導入が今後必要であることを述べた。

 加えて、ダイヤモンド会社が中国に一大マッチ製造会社を設立して日本と競争する企画があること、 及び日本のマッチ製造業界を統一する必要があること等を述べ、暗に第一次大戦後の国際マッチ市場における「販路協定」を、 技術援助を代償に、提案してきたのである。

 ダイヤモンド会社の今回の申出は、状況説明に終始し、具体的な案を提示するまでに至らなかった。そして、その状況説明は、次のような内容からなっていた。

「(1)ドイツ、フランス、イタリー、デンマーク、オランダ、スイス、ルクセンブルグ、英国及米国ノ諸国ニ於テハ  黄燐ヲ使用シテ燐寸ヲ製造スルコトヲ厳禁セリ
(2)現今、欧米諸国ノ大部分ハ 燐寸ニ インプラグネーション(発火後 軸木カ炭トナル法)ヲ施ササルモノハ製造、 販売及輸入ヲ禁止セリ(防火)
(3)大戦ニヨリ ダイヤモンド会社ハ増産体制ヲ備ヘタリ 戦後 コノ体制ヲ如何ニ利用スヘキカガ問題・・・一策トシテ  支邦 印度ニ大製造所ヲ設立シ其製品ヲ東洋方面ニ供給スルニアリ
(4)此際 日本ノ採ルヘキ方策トシテハ 政府ノ斯業ヲ統一スルカ 或ハ有力ナル資本家カ個々ノ燐寸業者ヲ統一スルカ 2者其ノ一ヲ採ルニアラザレバ 到底外国燐寸会社トノ競争ニ優勝ノ地位ヲ占ムルハ至難トス」

 ダイヤモンド会社の2度目の申出も、日本政府の受け入れるところとならなかった。 当時、第一次戦時下でのヨーロッパ製品の輸入杜絶による空前絶後の日本製マッチ輸出の好況、 日本製マッチの主たる市場が、これら品質、規格を法的に規制するような上等品市場でなかったこと等から、 日本側がダイヤモンド会社側の申出を無視した要因と思われる。しかし、この時期における新技術、特許の導入、 技術開発の懈怠は、第一次大戦終了後の海外市場及び日本国内市場に沈滞という暗い影を投げかけることに至るのである。

 とまれ、この時期の日本マッチ製造業界は、熱狂的な好況にみまわれていたのである。

 この10年後、大正14年スウェーデンマッチトラストが日本に進出し、昭和2年には日本のマッチ工場を買収制覇したのであった。

出典
 『通産省広報』工業所有権制度百周年 昭和60年4月18日 から抜粋、一部加筆編集
黒田 康敬
2012年09月24日
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